「坐禅の基本」講習会



坐禅に関心のある初心者の方に、「坐禅の基本」について学んで頂く機会を新しく設けました。当日は、お経を読んだり線香を焚いたりは特に致しません。老師の講話と座り方の指導のほかは、ゆっくりと坐る体験をし、坐禅の醍醐味を少しでも味わって頂けるようプログラムを組みました。これまで坐禅会に来て坐られた方も、全く坐った経験のない方も、是非ご参加ください。(小学生以上であれば、年齢、性別を問いません)定員16名申し込み先着順です。

開催日

2018年2月24日(土) 午後2時~5時  ※午後1時30分頃までにご集合ください

場所

東京坐禅道場
〒135-0023
東京都江東区平野1-6-1 (スマホなどで地図検索される際は1-6-12にしますと正確な位置が表示されます。)
TEL.&FAX : 03-3820-5949
メール  rb3eu6@bma.biglobe.ne.jp

地下鉄東西線「門前仲町駅」から徒歩約7分
地下鉄半蔵門線・大江戸線「清澄白河駅」から徒歩約5分



講習内容

・オリエンテーション 15分
・坐禅の坐り方と効用 [会長師家 山本龍廣師] 30分
・坐禅実習 20分(10分休み)を3回  90分
・老師を交えて質疑と懇談 茶礼 45分

服装

地味な色の衣類(太めの長ズボン、長めのスカート、白・黒・枯淡な色の襟付シャツ、作務衣など)

費用

一般 2,000円   学生・無職 1,000円

申込み手続き

釈迦牟尼会事務局あてに、氏名、住所、電話番号を記載の上、○月○日の「坐禅の基本」講習会に申込む旨を記して、メール rb3eu6@bma.biglobe.ne.jp までお申し込みください。

参加者の感想例

 「数年前から坐禅に関心があり、こういう機会を求めていた。参加して良かった。」
 「老師の話、特に自分の力で何とかしようとせずありのままで良いという点が納得できた。」
 「この道場には坐りの場が出来上がっており、とてもいい気分で坐禅ができた。そのうち摂心会にも参加してみたい。」
 「サラリーマンをしていて毎日ストレスを感じていた。一時間以上何も考えずに頭を真っ白にして坐り心を洗うことができた。また時々参加したい。」
 「信仰を強制したり、教義を押し付けたりする会ではないと解った。これから積極的に禅会に参加したい。」





初めての参禅者は、知客から一通りの説明を受けます。
禅堂に入って坐禅をする準備として、まず坐禅の仕方を教わることになります。


1.足の組み方

尻は真直に伸ばした背骨を据えるようにして坐布(尻当て)に置き、両足の甲を交錯させて両股に置く結跏趺坐(けっかふざ)、あるいは片足だけを股の上にのせる半跏趺坐 (はんかふざ)を組む。

足を組んだら、下腹を軸として背骨を伸ばし、尻は後ろにつき出し下腹は前に出すようにする。同時に右手の掌を上に向けて足の上に置き、左手の掌を上にして右手にのせ、両手の親指の先を軽く向い合わせて臍のあたりの位置に置く。

2.姿勢を整える

視線は、まず真正面をみて頭の先から尻の先まで一直線になったのを確認して、
上瞼を半ば下にして半眼になり、膝から約1メートル前方に落す。
口はひきしめ、首筋や肩の力を抜いて自然に下腹に重心がとどまるようにする。
そのとき姿勢は前に倒れず、左右に傾かず、鼻の穴と臍が垂直になり、耳から垂らした線が肩に落ちるようにならなければならない。

3.呼吸を整える

坐禅を始めるときには、まず深呼吸を3回する。
これは下腹を徐々にすぼめて身体中の悪気を全部吐き出し(呼気)、次に下腹をだんだんふくらまして天地に満ちた新鮮な空気をいっぱいに吸いこむ(吸気)。
その後は腹式呼吸に移行するが、安らかな自然の呼吸を長く続けるため、呼気、吸気とも、し尽くさないようにする。
余力を残して呼気から吸気へ、吸気から呼気へとまるく循環するようにしてゆかねばならない。
定が深まるにつれて、息は細く長くなって、一呼吸が1分間に5、6回から2、3回になり、呼吸に甘味と至福を感じるまでになる。なお、呼気は吸気に比べてやや長くするのが普通である。





心と身体が綺麗になるってほんと?

坐禅というと何か男性的なイメージを連想しがちです。
釈迦牟尼会では従来より女性の参禅者は多く、不二般若道場では女性用の宿舎も用意されております。
ところで、ちょっと場違いな話かもしれませんが、坐禅によって女性が美しくなるというお話をお聴きになったことがありますか。
少し短絡的かも知れませんが、関係無くはなさそうです。

坐禅では「調身・調息・調心」を教えています。
まず、身を整えることから始まります。両膝、尻による三角形の「土台」により体を安定させ、背筋を伸ばす。それから呼吸を整えます。 深く長く息を吸いお腹の筋肉を使って横隔膜を下に押しやる、そしてゆっくりと細く長く息を吐く。これを繰り返し続けることにより、呼吸がリズムに乗りますと自然に心が落ちついてきます。

坐禅の”セロトニン”効果

この坐禅による心の落ち着きはどこから来るのでしょう。
それはリズミカルな呼吸法の継続がセレトニン神経を鍛え、その働きを活性化するからです。
神経伝達物質であるセレトニンは体の動きや感情をコントロールし、いわゆる「元気の素」ともなるのです。

現代人は「息が詰る」状況が増えています。例えばパソコン作業等に見るように神経を集中すると息が詰る現象を招きます。
子供がゲームに集中するときも同じで、呼吸のリズムが乱れ、セレトニンが減少し精神的な安定がそこなわれます。そしてその継続がストレスを招いたり、感情の調節ができなくなり「依存症」になったりキレたりする原因にもなります。
自律神経失調症や肩こり、便秘もセレトニンの不足と関係あります。

よく修行をした禅僧の背筋はすっきりと伸び、顔はキリっと引き締まり、眼は輝き、色つやもよろしいです。セレトニン効果は男女の性別を問わず、感情や生理的コンディションを整え、元気を生み、人の容貌まで好ましい状態に磨き上げてくれるのです。

化粧品で表面的にキレイになるのも一法ですが、急がば回れで坐禅により体と心の中から美しくなろうと思われませんか。



摂心それは驚きの連続   小川哲男「禅味」平成14年10月号 掲載

8月大摂心会に2日間だけですが参加しました。
坐禅がまったく初めての私にとってはそれは驚きの連続でした。

非日常性

はじめての私にとって全てのことが「非日常」でした。 起床から就寝までのタイムテーブル、食事の作法や内容、そして何より「坐る」こと。 考えてみても日常の生活で「坐る」ことは皆無、せいぜい「坐る」のは法事のときくらいです。あとはみんな「腰掛け」ています。 でも考えてみれば、かっては日の出とともの起きるというのは自然の摂理であった。 また地面に坐ることも、腰をしっかり伸ばすことも人間の姿勢として極めて自然であった。
それが現代生活では「非日常」になってしまっているということは、考えようによっては 大変恐ろしいことではないかと思いました。

普遍性

今回初めてということで役位の方から、歩き方、礼の仕方、食事の作法などいろいろ教えていただきましたが、
実際にやっていてすべてのことが非常に普遍的に繋がっている、と感じました。そういう普遍の軸に自分を置いてみると「無常」ということが少しわかってくるのかもしれません。
美食ブームが終わったかと思うと、今度はダイエット、ファーストフードからスローフード、そういういわゆる流行に軸をおくと、自分がいなくなってしまうことになりかねないですね。私は自動車会社で商品を企画する仕事をしておりますので、世の中の流行を掴むことは非常に重要ですが、表面だけを追いかけるのではなく、本質は何なのかをしっかり考えることをしないといけないなと思いました。

オープンそしてフェアー

これが今回私が一番感じたことです。 何の紹介もない未経験者に対し、何の隔てもなく、オープンに迎えてくださったこと、また満足に坐れない私も、ベテランの熟練された方も一旦坐れば仏様と対峙するという点で まったく対等であること、ずっとお続けになられている方にとってはそんな意識はないかもしれないのですが、私にはこんなに潔い、すっきりしたマネージメントにたいへん感銘しました。 一見厳しく近寄り難いイメージの禅修行ですが、実はたいへん合理的なシステム―人間本来の生活リズム、呼吸法、精神の安定、そして繰り返しますがオープンでフェアーなマネージメント―に裏打ちされているのだなあ、と感じたことがたいへん驚きでありました。